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 パーシー・グレインジャーの人生を描いた映画《パッション》の冒頭に、グレインジャーが森のなかを駆けめぐり、木々の音や小鳥のさえずりに聴き入るシーンがあります。あらゆる音を受け入れようとするグレインジャーの素直な感性がそこにうつしだされているようでした。
 今年で3回目となる『パシフィック・クロッシング2006』は、これまでにルー・ハリソンやテリー・ライリーを紹介してきましたが、今回は、伝説的に語られることが多かったパーシー・グレインジャーの音楽を取り上げます。自らに宿った身体感覚を無限に放出したグレインジャーは、さまざまな民謡がもつメロディの価値をすくいあげ、「フリー・ミュージック」という夢想の音をよびおこしていったのです。
 生地オーストラリアが育んだパーシー・グレインジャーという「野生の耳」は、さまざまな場所をさまよい、そして、アメリカのなかに居場所をみつけることになりました。この太平洋の広がりをもつ「野生の耳」の行方を、死後四十五年が経った今こそ、追いかけてみましょう。

 パーシー・グレインジャー(豪州・米国、1882-1961)は、グリーグの《ピアノ協奏曲》を改訂初演したピアニストとしてかつてよく知られていた。グリーグとグレインジャーを結びつけていたのは、民謡という魅力的な音楽にたいする関心であった。あの《ロンドンデリーの歌(別名ダニーボーイ)》も、グレインジャーの編曲をとおして広まり、歌われるようになった。グレインジャー自身も民謡風の生き生きとした作品を書いたが、その作風が当時の前衛とかけ離れたものであったため、「どうしようもなく時代遅れ」の作曲家としてしだいに忘れられるようになっていった。
 オーストラリアのメルボルン近郊に生まれたグレインジャーは、幼い頃からピアノの才能をあらわし、12歳でコンサートの舞台に立った。フランクフルトで学んだのちに、イギリスでピアニストとしてデビュー。その演奏を聴いたブゾーニは、無料での指導を申し出たという。演奏活動のかたわら、みずからエジソンのフォノグラフを携えてイギリスで民謡の録音を行い、すぐれた民謡編曲、オリジナル作品、名曲のパラフレーズを残した。
 グレインジャーの作品は素朴な魅力と情感に溢れているが、ただ聴きやすいというだけでなく、さまざまな斬新な手法が使われていたことが分かっている。偶然的な要素の導入、ピアノの内部奏法、そして電気楽器<フリー・ミュージック・マシーン>の設計など、グレインジャーはむしろ時代を先取りした作曲家だったのではないだろうか。民俗的要素と高度な音楽的洗練が合体したその作品は、21世紀を迎えたいま、やっとその真価を発揮し始めている。
 ピアノのヴィルトゥオーソ、グレインジャーの作品の演奏はけっして容易ではない。今年の<パシフィック・クロッシング2006>では、リストの全ピアノ作品の録音で話題となっているピアニスト、レスリー・ハワードがソロ作品を披露する。リストの97枚のCDでギネスブックにも登録されたハワードの技巧的かつナチュラルなピアニズムは、今回の聴きどころとなるだろう。またアメリカのケイヒル+クベーラのデュオは、2台ピアノ作品を中心に、異なるヴァージョンの面白みを伝えてくれる。歌曲、4台のテルミンのための《フリー・ミュージック》、そして映画『パッション』を含め、奇才グレインジャーを多面的に伝えるフェスティヴァルとなるはずである。